ペコラの革命物語~レベル1から始まる打倒タンメーイ王~

10年前の初任給3万円から今に至るまでのレベル上げと日常の記録 Twitter https://twitter.com/pecorafujin

お題クエスト:思い出の味~死ぬのかな?最後の晩餐~

お題「思い出の味」

 

 

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忘れられない味

 

それは、ペコラの場合死にかけた時に食べたご飯です

 

 

 

 

 

20代半ば

 

異国の地イタリアで、仕事だぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!とずんずんすすんでいたあの頃

 

40度を超える高熱

 

嘔吐に吐血

 

幻覚についでに幻聴♡

 

そして一緒にいたオットーに

 

 

 

 

 

 

遺言を残す事態

 

 

 

 

 

 

その時、医療翻訳の久郷さんというイタリアに住んでいるバイオリンを作っている方に助けてもらいました(リアル天沢聖司くん)

 

全然、食欲なんてあるわけもなく

 

そんな中、オットーと久郷さんが夜のフィレンツェをさまよって

 

買ってきてくれた中華粥

 

久郷さんが時間外の仕事をしてくれた、助けてくれたわけなんですけども

 

当時、オットーもペコラもイタリア語なんて話せず

 

このまま死ぬのかなぁ~と思っていたわけなんですが

 

だってペコラがまさかの食べれない状況なわけですもん

 

それでも

 

色々泣けてきて

 

不安だったのもあるでしょうけども、匂いと仕事以外の時間を使って買ってきてもらえたのがうれしくて1口食べたら

 

 

 

 

 

 

あったかい

 

 

 

 

 

 

 

いや、温度とかじゃなくて

 

思い出の味はあったかい味でした

 

 

 

 

 

家庭料理のあったかさ?

 

異国の地で

 

スープを頼んでも、ズッパという何やら塊がでてくるその地で(完全な勉強不足です)

 

優しいあったかい味

 

 

 

 

 

 

「あ~~~~生きれそう」

 

 

 

 

 

 

これが最後のご飯かもと思って食べた中華粥

 

でも、そのあったかさで生かされた気がします

 

 

 

 

 

最初のお医者さんはまさかの誤診(あっはっはっは)

 

日本語でいうとネギさん(葱です葱)に見てもらって、なんやかんや

 

2人目のお医者さんに診てもらうも原因不明

 

半泣き状態の中、久郷さんが「これは風邪とかじゃなく食中毒かもしれないなぁ」

 

と…。

 

 

 

 

 

人生初の食中毒はイタリアで

 

で、お医者さんは風邪だの分からないだの言われて終わったわけです

 

 

 

 

 

 

 

あれから10年弱経ちましたが、いまだに強烈なあのあったかさ

 

死ぬかもしれないと本能で感じた、もはや動物としてピンチな時に感じたあの味

 

 

 

 

 

いやぁ

 

 

 

 

 

 

 

生きててよかった!

 

 

 

 

 

 

 

思い出の味はそんな味