格安航空機時間が一番の恐怖だったペコラ
スチュワーデスさんが泣き叫んだのは、ロシア系航空機でがらんがらんだった機内(なんかのランキングが低すぎて、普通の人は乗らないらしい)
普通に落ちました
墜落はしていませんが
エアポットとかでなく
フツーに落ちました
ジェットコースター長いバージョン(落ちるときのあれ)
本来、はるか真下に見える山々が
とっても近くに
ざぁぁぁぁぁぁって音がしてました
飛行機の音ってごぉぉぉぉぉだと思うんですけども
ざぁぁぁぁぁぁぁって音です
昔のテレビが深夜にうつらなくなった時のアレに似てます
アレが大音量
ついでに悲鳴付き
何でかは知らないけれど
そのまま、よく分からない地方の小さな空港のような場所(なんか飛行機の資格とる練習場みたいな場所)
滑走路が短かったのか、なんだったのか不時着?緊急着陸?
いやどっちかっていうと、滑り落ちたみたいな感じで
どぉぉぉぉぉんってやたらすんごい衝撃がきました
ペコラですか?
生きてます
ムチ撃ち状態がひどくて~と言うよりも飛びました
ぴょ~~~~んって
咄嗟に前の座席の頭の部分をつかんで、ふわっと着地…
できずに手すりに股間をぶつけた痛みのみ覚えています
アレが一番痛かった
さて
そんなペコラの出張生活
途中からオットーが研究の日にちをペコラの出張に合わせてくれたり
一緒に自炊して過ごしていました
え?
出張代を個人のなんちゃらに使っちゃいけない??
うんうん
そうでしょうとも
ところがどっこい
ペコラの場合は、滞在費は
出ませんでした
もう一度
出ませんでした!
格安航空券代のみ出ましたが
あとは現地の交通費(時々もらえた)
宿泊費、食費は100%自腹です
なるべく節約をしようと思っていたのですが…
初めてのヨーロッパ
あっちもこっちもどっちも行きたい場所があるわけで
食品の輸入といっても
そんなの大都会に基本用事がなかったわけで(本社はたいてい工場とワンセットになっていたため、ものすんごい田舎にある場合が多数)
世界遺産も遠い
美術館に行こうにも遠いか高い(大英博物館の無料最高)
ヒッチハイク?!
さすがに怖い…そこまでの勇気はない
と言うことで
行きも帰りもどうせ何日も飛行機を待ってたりするわけなので
仕事がない時はひたすらお小遣いをもらえるような仕事を探していました
空港、大きなスーパーの仕事
日本では無料のショッピングカート
あれ
向こうじゃコイン入れないと動かせないんですよ
でもみんな
急いでいる時だったら、そのまま放置するので
そこを元の場所へ帰してコイン回収
時々、おもちゃのコインが入っている時はものすごい敗北感を感じます
一番良かったのは
日本人が多いスーパーで(日本語喋ってるか、日本の観光本を持っている)日本語で声をかけてカートをなおしにいく
うんうん
時々、みかねたおばちゃんが残ってるユーロなどを渡してくれたりしました
つまり
物乞い生活っっっ
あ、仕事はしてるので(プライド)
ホームレス生活?
いや、なんだろう…
お小遣い稼ぎ…というのでしょうか
と言っても
田舎に宿泊している場合はそもそもそんな大きなスーパーがなかったり
あっても車がないといけない距離だったりするので
そういう場合は、宿屋の人に簡単なバイトがないかを聞いて
聞いて
聞いて
聞きまくる
一番多かったのが、掃除でした
特にイタリアの需要はすさまじかったです
まず
掃除のアルバイトの人のドタキャンが多い
うんうん
お国柄ゆえの穴場仕事です
掃除の中にはアイロンがけが含まれている場合もあり
大きなホテルなどでは業者委託でしたが
小さなホテルではアイロンや洗濯も自分のホテル内でやっている場合が大半で
本当に小さな家族経営みたいな場所だと
ついでにその家族の分や(時には親族の分)なぜか隣の人の分まで洗濯、アイロンかけをしたりします
言葉が通じなくてもできる仕事なので、イタリア、イギリス、フランス、ドイツ(ちょっと厳しい)、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク(あんまり仕事させてもらえない)、オーストリア、クロアチア、スペイン等々
スイス以外はちょこちょこ仕事をさせてもらました
それでも徐々になんか法律が厳しくなって、賃金の代わりに食材や宿代半額やらに変わった場所もあったのだけれども(地域によっても違うのかもしれません)
こうして、ペコラは出張代を自腹で稼いで生きていました
日本でわりかし不真面目で通っているお国柄の国々は、そういった仕事が豊富でした
うんうん
仲良くなって、空港まで送ってもらったり
輸入の仕事を手伝ってくれた人もいました
夏場になるとイタリアの南部ではまだまだトマトの大量保存を作る人たちが多く
出稼ぎに行ってて、若者があんまり戻らない地域(工場や働ける場所が少なく、なおかつバスや鉄道があまりない場所と、ミラノなどの都市部まで電車で4時間以上かかるような場所など)
仕事がない&もしくは飛行機がまだまだ先な時はこういった場所でお手伝いと言う名のお小遣いをもらっていました
爪は真っ赤にトマト色に染まり
体、全身にフレッシュなトマトの匂いがしみこみます(洗ってもしばらく落ちません)
お金でもらうこともあれば
行けなくなったパリの(←ここ重要)オペラ座のバレエのチケットをもらったり(さっぱり分からなかったけども内容)
壊れたスーツケース(車輪が破損)を直してもらったり
服をもらったり
結婚式の準備の手伝いの仕事のついでに結婚式に参加したり
一緒にご飯を食べたり、言葉を教えてもらったり
うんうん
徐々にそうやって語学の楽しさを知りました
学校の授業や資格の勉強ではどうにもこうにも力が入らず
だるるる~~~~~~~~~ん
としていましたが
始めて目の前に、交流したいと思える言葉の通じない人がいてくれて
少しづつ、言葉を覚えていけるようになりました
基本、また同じ場所に行くので、顔見知りになっていると1度目より二度目以降の方が仕事も多くなりました
一番、二度目以降で増えたのは、日本の漫画の解説(現地の言葉だけれども、絵の意味が分からないとかの説明や、歴史などの説明を求められる、また愛の国フランスでは日本の告白という制度がないためか、告白の意味や定義をしつこく尋ねられる)
で
スイスと滞在時間が極端に短かった場所以外は、自腹代はややプラスになりました
プラスになった分は、会社とオットーと実家などのお菓子などのお土産代に使ったり、交通費代に使ったり、現地の食材代に使ったり、現地のお世話になった人に次回のお土産を買ったり
うんうん
会社の1か月のお給料より多かったです
いや、どうなんだろう?それ???
年間で20万円弱のお金をもらっていました
滞在していたのは、1年のうち3~6か月前後
うんうん
会社より多いぞ
地球の歩き方というバイブルを手に
ペコラの出張代は落ちそうな航空券代オンリー
そんな日