ペコラの革命物語~レベル1から始まる打倒タンメーイ王~

10年前の初任給3万円から今に至るまでのレベル上げと日常の記録 Twitter https://twitter.com/pecorafujin

忘れられた塔:食品の輸入会社で働く楽しいこと

世の中には生きがいという言葉を仕事に使う場合があるという

 

うんうん

 

生きがい

 

ちょっと難しい日本語だけれど(あくまでペコラ的にはという話)

 

まるっとまとめると

 

たっのしぃ~~~~とか

 

しあわせぇぇぇぇぇ~~~~

 

とか、感じる瞬間みたいなもんだろうか

 

仕事をしてても家事をしてても、人と話してても

 

そういった瞬間はところどころにあるのだけれども

 

食品の輸入会社で働いていて、たっのしぃぃぃ~~~

 

とか

 

幸せ~~~~~と

 

感じたのは、もちろんご飯関係、人間関係、新しい土地やら出会い関係

 

ところどころにぽつぽつありまして

 

ちょうどこの時期に多かったのは

 

 

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たまたまなのか

 

なんか理由があるのかはわからないのですが

 

賞味期限の月が1月~3月までの食品(加工品)がものすごく多く

 

この時期になると、賞味期限の近そうなお菓子などがテーブルの上に山積みになってました

 

時に、箱に穴があいているとかもあったのだけれど

 

この季節のテーブル

 

ペコラ以外の女性陣は皆様

 

スタイル維持という高い志を持っておられたので基本

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペコラの独りじめ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう

 

俺のものは俺のもの、お前のものも俺の物という

 

まさにジャイアン形式が誕生するわけです

 

アルバイトの学生さんは男の子でお菓子より

 

どちらかというと、ご飯の方が好きな感じだったので

 

このお菓子の山

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全部ペコラの胃袋へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たまに実家とかにも持って帰ったけれども

 

基本、ペコラの胃袋へ

 

え?

 

太らないかって???

 

それが不思議なことに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

めっちゃ太ってね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところがどっこい

 

仕入れで海外へ飛ぶと元に戻ると言う

 

なんか不健康マックスな痩せ方をするわけですよ

 

うんうん

 

体に悪そうなんですけどね?

 

それでもさ

 

テーブルにお菓子が山のように

 

しかも

 

当時のペコラからすると、輸入食品ってのはものすごく珍しいわけで

 

実家でそんなもんめったに食べれなかったですし

 

都会でもやや都会でもないので

 

そんなもの扱ってるお店も近くにないわけで

 

それこそ幼馴染の家とかで、なんか高級そうなお菓子をいただくくらいでした

 

あ、思い出した

 

そのお返しにペコラ母に持っていき~と言われた京都のちりめんじゃこ

 

はりまかなんとかいう名前

 

なんか英語じゃないオシャレな箱の横にちりめんじゃこの箱というなんとも温度差のある風景を見ながら

 

絶対にそっち側の人間が食べるものも食べてやる~~~~!

 

と意気込んでいたな、あの頃

 

うんうん

 

そうだったそうだった

 

そんなわけで、輸入食品が大量にあるというのは

 

 

 

 

 

 

 

 

生きがい超えて天国

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さい会社だったから、在庫がそんな感じだったんでしょうけども

 

今もいい思い出です

 

あ~今日は何食べようかな、にょほほほ